最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)392号 判決 1964年8月04日
上告人
宮下為成
右訴訟代理人弁護士
田中登
被上告人
中埜渡正男
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人田中登の上告理由第一乃至第四について。
離縁の訴に関する民法八一四条一項三号の「縁組を継続し難い重大な事由」は、必ずしも当事者双方または一方の有責であることに限られるものではないけれども、有責者が無責者を相手方として、その意思に反して離縁の請求をなすことは許されないものと相当とするのであつて、その法意は、離婚の訴に関する同法七七〇条一項五号と異なるところがないのである。而して、原審の適法に認定した原判示の事実関係の下においては、被上告人を有責者とはなしがたく、却つて上告人を有責者となすべきであるから、右八一四条一項三号の事由があるものといないとして本訴離縁の請求を排斥した原判決は正当であつて、これに所論の違法はない。
論旨は、結局、原審の認定に添わない事実を主張して原審の裁量に委ねられた証拠の取捨判断、事実の認定を攻撃するか或は独自の見解に立つて原判決を非難するかに帰着するものであつて、採るを得ない。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官石坂修一 裁判官横田正俊 柏原語六 田中二郎)
上告代理人田中登の上告理由
第一、原判決か上告人の離縁請求を棄却するにつき、その理由とするところは、上告人と被上告人との養親子関係か破綻するに至つたのは、上告人か、訴外トヨとの婚姻中に訴外オサキと情交関係を結び、これがために妻トヨと離婚するのやむなきにおちいり、被上告人とは別居の余儀なきに至つたためであり、被上告人には縁組の継続を困難ならしめる何らの不行跡もないのだから、本件の場合は養子縁組を継続し難い重大な事由があるとは言い難い、と言うにある。
つまり、破綻の原因につき、上告人のみ責任かあつて、被上告人には全く責任がないのだから、かような場合に、有責者たる上告人から無責者たる被上告人に対する右の破綻を原因とする離縁請求は、民法八一四条一項三号の場合にあたらないから、許されないとするにあるものと解せられる。
第二、原審の右の解釈態度は、離婚原因についての民法七七〇条一項五号につき、従来、最高裁判所か数次にわたつて示された判例(昭和二七年二月一九日言渡、最高裁判所判例集六巻二号、同二九年一一月五日言渡、同判例集八巻一一号、同二九年一二月一四日言渡、同判例集八巻一二号)に則つたものと考える。
第三、しかし、離婚の場合と離縁の場合とてはわけが違うし、同一に解することは妥当でない、原判決は、破綻を惹起した有責者からのその破綻を理由とする離縁の請求は、常に許されないものと解しているが、かように、離縁原因につき、有責的に制限して解釈すべき理由はない、有責者に重大な非行、背徳行為があり、これが直接かつ主要な原因となつて、養親子関係が破綻におちいり、しかも、無責者かその復元を希望している場合など、要するに、有責者からの離縁請求を許すことか、道義に反するか、信義則にもとるか、或は権利の乱用にわたると認められる特別の場合は格別、そうでない場合は、有責者からの離縁請求も許されるものと解すべきものと信ずる。この点につき、原判決には民法八一四条一項三号の解釈を誤つた違法がある。
第四、ところか、本件にあたつては、上告人か第一審以来主張し、第一審判決でも認定されおる次にかかげるもろもろの事実が存在し、これら事実を綜合すると、本訴離縁請求は有責者たる上告人からの請求であつても、いささかも、道義に反し、或は信義則にもとり、又は権利の乱用にわたるものではない、かえつて、被上告人が離縁に反対すること自体が、むしろ、権利の乱用であるとのそしりを免れないものと信ずる。
従つて、原審は上告人からの離縁請求を棄却するにあたつては、これらの事実につき、審理判断を尽すべきにかかわらず、前記のとおり、民法八一四条一項三号の解釈を誤つたため、これを尽さず、いちはやく、上告人の縁離請求を棄却した違法を犯している。
① 上告人か正妻あるにかかわらず、訴外オサキと情交関係を結んだことは、妻トヨに対しては責められるべき背信行為であり、同女との離婚の直接の原因とはなつているとしても、被上告人に対する背信行為ではなく、また被上告人との養親子関係破綻の直接原因でもなく、間接的な原因乃至経過的な事情にすぎないこと。
② 上告人は妻トヨと協議上の離婚をしたか、その際被上告人の親権者を養母である妻トヨと定めて届出、かつ、被上告人の親権者である妻トヨと協議のうえ、被上告人とは離縁することとし、この離婚、離縁に伴う被上告人ら母子の生活費として、当時としては大金である金二十万円を同人らに贈与し(それ迄も毎月約定の生活費を与えていた)、被上告人の親権者である右トヨは上告人と被上告人との離縁の届出を後日なすべき旨約したこと、その後、被上告人の氏が、その親権者である養母トヨの届出によつて上告人の氏から同女の氏に変更されたので、上告人はこれによつて被上告人との離縁は成立したものと誤信していたこと、上告人は後日この誤信を知り被上告人の親権者である右トヨに対し被上告人との離縁届出手続を求めたところ、トヨは前約に反しこれを拒否し、今日に至つたこと。
③ 上告人が被上告人を養子として貰い受けた事情は上告人に子供がなかつたことと、被上告人に適当な養育者がなかつたため、上告人がこれに同情したためであるが、上告人にはその後、後妻オサキとの間に六人の子供が生れ、養子縁組当時幼児であつた被上告人は上告人の負担において現在は成人となりおること。
右のとおり上告理由書を提出します。